yumikonoaroma’s diary

ライター。アロマテラピーアドバイザー、ハーバルセラピスト。日常で感じるハーブやアロマテラピー、たまにヨガについて♡

とにかく癒されたい

ウィズコロナとか、アフターコロナとか、半年前には想像すらしなかった新しい言葉が使われています。

 

” 自粛”が終わったと思ったら、”自衛”へと、言葉は都合よく変わり、もう何が正しいのやら、あやういのやらわからない。

感染症に対する行動基準があいまいだから、

これだったらOKだろう、やめておこうなど、

恐れながらも何らかの社会的規範からこぼれないよう、言葉をつつしみ、

皆、淡々と過ごしている気がします。

 

今までだったら当たり前だった事が当たり前でなくなった時、これまでがいかに恵まれた状況であったのかが分かります。

かといって、これまでの状況に感謝して有り難く生活をしよう、という気持ちにもなれない。

だって、慣れないこの生活にほとんどの人は「疲れている」だろうから。

 

こんな情勢に心が慣れてしまって、もう疲れているのかさえ分からない人もいるかもしれません。だから、まずはイライラしてるな、最近うまくいかないな…と思ったら、疲れのサインだと思っていい! と私は思います。

そしてこの疲れを取り除くためには、まずは心を観察する。

疲れていることに気づき、それを受け入れ、そこからどんどん、積極的な癒しや休憩を求めないと、壊れてしまう。

 

今までも自分自身のケアは必要だったでしょう。

でもこれからはもっと、他を、自分を守りながら、いかに繊細な心を持って、心を満たしてあげるかが大切ではないでしょうか。

 

私の場合は、ヨガ、花を生けること、本を読むこと、お灸をする事。

花については、自粛期間中はスーパーでも庭の花でも、とにかく見つけたら買ったり摘んだりして常に部屋に飾っていました。

制限がありつつ行動ができるようになった今でも、いつも花を置いている棚や玄関脇、庭に花が「がらんどう」になっていると、さみしく、そわそわした気持ちになります。

今日は枯れてしまったピンクのバラを別の花に更新し、ほっとやすらいでいます。

 

「花のある生活ってこんなに、幸せなのか」と思いながら、

満たされるって、自己肯定や社会的名誉、誰かから愛されることだけでなくて、

自分の行為によって気持ちの内側から、じんわりだったり、ムクムクだったり、

温かいものがあふれてくる事かもしれない、と思うことがあるのです。

 

 

ちょうどいいタイミングで、今日は千葉のアロマサロン「アロマリリー」さんから、セージのスワッグが届きました。

ツンとしたシャープさのあるセージの香りは、エネルギーの流れを整えると言われているそうです。アロマリリーの松下美香さんは千葉で活動するセラピストで、決してすぐ会えるわけではないけれど、この方のマッサージや選ぶ言葉、人柄に、自分は助けられているんだな、と思います。人と人とのつながりって、離れていても、不確かでも、包まれている温かさがある時、それを人は幸せと呼ぶのだなぁ、と思う。

 

インスタグラムでメッセージを送ったら、すぐに返信をくれた、人の縁を大切にするとても素敵な女性。いつ感染症を気にせず出かけられる日が来るかわからないけれど、またぜったい会いたい人だな、と思う。

 

 

 

ヨガの方は、これまで唯一といっていいほどストレス発散かつ生きがいだったスタジオが、アーサナ中もマスク着用が求められるようになりました。

それが本来のヨガと比べて心地いいかといったら、いいわけがないわけで、

それでも受け入れるしかない。

熱中症にはならないよう自己調整はするけれど、大好きだったヨガスタジオで、我慢が必要になったんだな、と思うとちょっぴり切ないです。

 

ヨガの在り方に求めている癒しがないからこそ、代用として花を生けることに夢中なのかもしれません。花以外にも、仕事に関係ない書籍や小説、詩集などの本に没頭するようになり、お風呂は肌に優しい入浴剤でゆっくり入る…etc。

自分が好きだ思えるものをできるだけ周りに用意して、なにかあっても選択肢が持てる余裕を持っていたい。

そんな心構えが必要な時代なのかもしれません。

 

 

「新しい日常」なんて、経済中心の世の中が生み出した都合のいい言葉のように聞こえます。命や健康、安心や安全が遠くに感じられるこの言葉に抵抗があります。どうしようもない事もあるけれど、世の中は少しずつでも、自分や人の命や心を大切にする方向に向いてほしいし、私はその方へ歩いていこうと思います。

 

皆さんの日々はいかがですか。

今日も、明日も、大切な誰かと幸せな日常が過ごせますように。

 

Thanks for reading.

 

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セージを中心に束ねたスワッグ。鼻を通る爽快な香りで、心のモヤモヤも吹き飛びそう。

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ピンクを中心にコーディネートすることが多い。カーネーションかと思っていたら、どうやらリシアンサス(トルコキキョウ)のよう。青山フラワーマーケットで購入。


 Thanks for reading.

変わらない日にも意味がある

5月7日に43歳にになりました。

昨日は、誕生日と母の日も一緒にして、家族にお祝いしてもらいました。

 

誕生日は、おかあさんががんばってわたしを生んでくれた日。

 

母の日は、私の母に感謝する日。

それと、今日も子どもたちがわたしのもとで元気に

育って、笑って、子育ての楽しさを私の人生に持ってきてくれたことを有り難く思う日。

 

昨年までは、5月はわたしにとってこの月は割と特別な月(誕生日と母の日だから、

ほしいものほしいし、満足させてほしい、みたいなかなりのエゴ)でした。

 

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でも今年はとにかく、今日も生きてる事や

いつもじぶんは十分だし満たされている、と思うようになりました。それはこのご時世のせいかもしれません。

 

子供をもたない、もてない人生の選択もある中で、 わたしはおかあさんからちゃんと愛情をもらい、 その愛情を惜しみなく娘たちに注げているという事は、 価値あるものだと思うわけです。 母の日の1日前、久しぶりに実家に行き、母にアジサイをプレゼントしました。メッセージカードをつけて渡したら、それを読んだ母も、父でさえも少し緊張していた顔がほろりとほころび、 帰りは上機嫌で見送ってくれました。 というのは、感染症の価値観の相違があり、会う事や敢えて、口論を避けたいので自分からは連絡を取らずにいたのです。 そんな経緯もあってか、父はわざわざケーキを用意していました。家族が揃うといつも写真を撮りたがる父。で、今回はケーキと一緒に記念撮影。 「もって寄って!」という父に、 「ソーシャルディスタンスだよ」 と言うと、 「ああ、それがソーシャルディスタンスってやつか…」。

ちょっと悲しそうな、あまり納得しないような父の顔を見て、自分は厳しすぎるのだろうか、と少し複雑な気持ちになります。

 

どれくらい離れるべきか、会うべきか、会わないべきか、出かけるべきか、出かけないべきか。 まったく公園で友達と遊ばない(遊ばせないべきか)、近所に住んでいる両親にさえ、会わないべきか? 

 

いろんなつながりが断たれて、計画していたことが延期したり中止になり、人生の方向が大きく変わった人がたくさんいると思います。  わたし自身は現状仕事がリモートに変わりましたが、もともとフリーランス という立場ゆえ、相変わらず先行きは不透明ですが、変わらないと言えば変わらない。  でも友人は子どもの保育園預かりを断られたり、仕事がなくなった人もいます。

 

いわゆるステイホームする事で、自らの価値を見出す事もひとつの新しい発見。 でも、いつもそんな風にポジティブな事ばかり言っているのも、 ウソっぽいなっと思います。 もちろん、誰かを批判し、ネガティブなことを発信するのはだけは避けたい。 ネガティブな発言は誰かに伝染しやすく、相手を落ち込ませ、怒りや恐怖を冗長することが大いにあるから。 そういうのは自分の日記や、ごく親しい身内だけでいいでしょう。

 

今日やるべきこととを、いつもコツコツやっていくしかない。しかし、やはり、仲良しの友達にはそろそろ会いたいな!

ゆらゆら揺れ動く日常。 どっちなんだかなぁ。 それから、やっとアロマテラピー環境協会の会員手続き更新を済ませました。

今後の収入のこともあり、更新を渋っていましたが、

アロマ環境協会さんも優しくなり(いつも厳しいという意味ではないですよ)今回は更新締め切りが延長されているみたいです。

3月に受験予定していた、アロマテラピーインストラクター試験は欠席しましたが、次回9月受験に自動振替されます。

 

アロマテラピーインストラクターの試験範囲の中に、免疫についての課題があります。 感染症がしきりと話題になる今だからこそ、しっかり頭に入れました(さすがにコロナについてはないですが)。

 

今、起きていることは、決して無意味なものではない、と思いながら生きてます。

感染症騒ぎが過ぎてしまった頃に、またいつもと同じ自分に戻るか。

それとももっと人や自分や地球にやさしくなれるか?

そのためには何がいまできて、どんな情報を収集して、あるいはいらないもの、探さなくてもよいものは何かをすぐに察知できるようになりたい。そして世の中に可視化できるものを残したい、書いたり、ヨガやアロマで貢献したいのが目下の目標です。

 

実は、かなり殴り書きで書いてアップしてしまったのですが、 ポチをしてくれた方がいて、ああ、こんな稚拙な文章をあげてしまって、申し訳ないな、と思って修正しました。

原稿料もらえない、っていうのでブログの質を下げるのは、 プロ失格じゃないか、と。 ここはかなり自分にカツを入れときました。

 

今日は娘たちの宿題の手伝いで、なかなか自分ごとに集中 できません。が、こんな日もある。

 

皆さんに実りのある春の日を。

 

thanks for reading.

できないの先にあるもの

こんにちは。 

こんな状況で、毎日が変わらないよ、
という人はいないであろう世の中ですね。

カフェに行けない、友達に会えない、買い物に行けない、飲みに行けない、などなど。

〇〇できない。

に慣れた頃。

〇〇できない事は、
本当に必要ではなかったのかもしれない、
と思う事があります。

わたしはまずは洋服を買わなくなりました。
日用品など買いに行く時以外は
出かけないから、おしゃれはそれほど必要ない。

色々集めていたハーブも三種類のブレンドにこだわっていたけど、シングルがなくてもだいじょうぶ。ティーパックも美味しい。

溢れるばかりのオーガニックコスメたち。
こんなにいらないだろう 笑!
って自分に突っ込みいれたくなりました。
だから、コスメも買う必要がなくなりました。

そして残ったものたち。

◉ヨガ
毎朝、プラーナーヤーマと瞑想。
師匠からもらったヨーガセラピー。
必要に応じたアーサナ

◉アロマ
毎朝、香りを炊く。
寝る前は顔と足にアロママッサージ。

◉読書
いまは、谷川俊太郎の詩集がお気に入り。
寝る前に読むと、幸せな気持ちで眠れます。

よしもとばななさんが好きなので、
ブログを読んで、むふむふしたり。



そして残ったものは、結局、必要な事だけ。

こんなに時間があっても、
なかなかやらないということは、
結局やりたくないことなんだろうな、と。

よく時間があったらやるよ、というパターン
がありますが、
それは時間がなくてもやらないというオチ。
そういう事をいう人がいたら、
期待せずに諦めましょう。


日々は、子どもたちと会話をし、
家事をしていたら、
けっこうさらりと過ぎていきます。
こうした毎日、なかなか悪くない。

以前、五味太郎さんのインタビュー記事で
「コロナの前は、そんなにいい生活だった?
 本当にもとに戻りたい?」   

という言葉を読み、ハッとしました。

自分の見た目(服やコスメ)を気にして、
仕事でどう評価されるか気にして。
そんな自分に戻りたくないなぁ。

終わった頃には、これまでのような
ただ消費して捨てる、
人も物も使い回すような
経済優先の世界ではないものを
作る必要があるのかもしれません。

もっとスローでいい。
地球に還元するような暮らし方が
来るといいと思っています。

だから今はちょっと立ち止まって考える時期。

耐えるんじゃなくて、
もっといい世界に変化するための時期。

なにが好きで、なにがきらいで、
なにをやらなくても大丈夫かが、
それぞれの人が分かってくる時期ではないでしょうか(*^^*)?

自分も地球も無理しない。
わたしたちは自然の一部だから、
ジタバタしてもどうしようもないのです。

Thanks for reading.



先日、重い腰を起こして、やっと古い土の再生をしてみました。
助手は日向ぼっこしてました。
猫みたいだ。

I am not an "AFRAID"

新型コロナウィルスが世界中に蔓延している日々、生活が変わりましたね。
多くを発言するのは混乱を呼ぶけれど、やはり素晴らしい事はシェアしていこうと思います。

さて、自宅滞在要請が出ていますが、わたし自身が感情として、一番持て余しているのは、
怒りだなぁと思いました。

それはヨガ講師、吉川めい先生の配信ライブ動画を見て、得られた気づきです。

最近では大好きなヨガスタジオも休講となり、同じく休校である子どもたちと自宅で過ごしています。
そんな中で、私はニュースを見たり、町を歩いていて、"感染なんて気にしない"とばかりかわからないけど、普段通り、カフェでランチしたり、外出してる人に対して、

「私は我慢しているのに、なんであの人は!」

と思っていました。
多分、今も、まだそう思っています。

それを夫に愚痴ったりして、
でも愚痴る自分に自己嫌悪なんです。
これじゃ堂々巡り。

そんな時、先述の吉川めい先生のLive配信がありました。

めい先生曰く、

感情の中に、ネガティブなものがある。
例えば恐れ=afraid
がある時、人はわたし=恐れ  
(I am an afraid)と思いがちなんだそうです。

でも、この恐れは、永遠に続くものか?
と考えたとき、

「そうではない。いつか過去となる」と分かれば、その感情や思考と、自分を同一化しないでいられる。 つまりは
I am not an "AFRAID"=わたしは"恐れそのもの"ではない。

自分と思考を一致させないことが大切なんだそうです。

常にもう一人の自分がいて、明晰さを保つことってことでしょうか。

そんなメッセージ(動画)を観て、
うちから出れなくて、鬱鬱する事があるけど、
実はうちにいるからこそできるようになった事が、みな、あるはず。
それを明確にし、気づきに変え、発信できたらいいのではと思ったわけです。

それでいいますと、
わたしは英語の勉強を始めました。
過去にアメリカに留学していたのだけど、就職してからは、始めてもすぐに、挫折していたんですね。

今は大好きな、バイリンガールちかさん

https://www.youtube.com/playlist?list=RDCMUCPlreGCqby4Qg9Vuem5scpw&feature=share&playnext=1

を試聴したり、

NHKの英会話アプリをダウンロードして、
繰り返し発音したりしてます。


英語は楽しい!

アメリカの友達に、この場に及んで、
そっちはだいじょうぶ?
と連絡してみたり。

我慢が必要な時期ではありますが、全てを失ったわけではないと思います。

我が家でいえば、子どもたちと前よりコミュニケーションを取るようになったし、娘たちが家事を覚えてくれました。


私はやり過ぎると携帯依存になったり、視力悪化に繋がるから、you tube 動画は見ないか、見ても短時間派でした。
だけど、今回は、動画でヨガの先生と繋がれる、生きた英語が学べる、など動画は悪いことばかりではない! と実感(今さら)。

今も頑張っている医療関係者の方々、スーパーやドラッグストア、コンビニなど生活用品を売るために働いている方々、荷物を運んでくれる方々。
本当に有難いです。

子どもが元気で育ってくれている、夫も元気。
これはもっともっと素晴らい。
有難い!


生きるという時間軸の中、苦もあるけれど、嬉しさもちゃんとある事をちゃんと拾えるように。

そんなアイデアを、無理やりではなく、頭の隅にいつも置いておけますように。

いまはネガティブ思考になる時もあるけど、しょうがない。
逆に現実逃避という行動をとる人もいる。
それも仕方がない、のかも。


責めても何も始まらず、ただ自分と家族の安全のために、できる事をする。
できない事はしない、のままでいい。

We get to stay home with being calm and patient, and surely it won't last forever.

安全と安らぎが早く訪れますように。

やっぱり嘘はつけない

ヨガインストラクターTT修了から、約1年過ぎました。
今年度のTT修了生が卒業間近であることを感じながら、そろそろ自分も言い訳せずに、
答えを出そうと思い始めていました。

いろいろトライしてみて、
最終的には自分には未知なる世界であるホットヨガの採用が決まり、しばらくはそこで修行をしよう、と決めました。

契約をし、デビューまでにシークエンスの勉強をしつつ、後任となるヨガクラスも体験。
が、そこのホットヨガのクラスで衝撃を受けてしまいました。
あまりよろしくない方、の衝撃。
別名、カルチャーショックみたいな。

ホットヨガには賛否両論あると思うので、あくまで私の個人的見解として受け止めていただけたら幸いです。

・暑すぎます。科学的根拠の元に
温度と湿度は管理されているそうです。ですが、私にとっては、「サウナで運動」でした。

・汗をかく、かく。ひたすらかく。
呼吸の観察、内観など全くそんな余地
ありません。

・頭がボーっとして、熱中症のような
症状が出ました。

クラスを受ける間、ひたすら、
「これって自分にとってのアヒンサ(非暴力)に反している」と思いました。

生徒さんに対して、アヒンサだと気付いてくれることに、
「これは体に良い事です」
とは勧められません。
ヨガの教えである、サティヤ(正直である事)
にも反しています。

ヨガを通して何を伝えたいのか? と
考えました。
ただのポーズのリードがヨガなの?

体で始まったとしても、体の感覚や満足感
(痩せた、ダイエットできた)だけでヨガの道を終えてしまうのは、
結局はヨガと表現するには難しいものがあります。

思いだけでは仕事が務まらない。
そこが自分の甘さだったのかもしれません。
仕事ってしたくない事をすることもあるけど、
それも乗り越えて、やりたい事にたどり着ける
事もあるはず。

本を作る仕事や子育てはそれが自然にできていました。適性や適職を知り、それを楽しめているか。
今の状況の良い所を忘れて、多くを求めすぎているのでは。

いろいろトライして、悩んだり、うまくいかない現実を目の当たりにして、自分の居場所を
再確認した気がします。

ホットヨガは自分には重責であることを会社の方に伝えて、
契約解除してもらいました。
指導をしてくれた先生には大変申し訳なく、
ご迷惑をおかけしてしまいました。

まだ常温でヨガをお伝えしたい気持ちはあります。
しかし、長女が中学に上がると同時に、母としてやらねばならぬ事が増え、家庭内でも、ちょっとした変化の時期を迎えている気がします。

さらに、アロマの勉強も始めていて、アロマの世界を楽しんでいます。

自分はどこで社会の役に立てるのか、
おもしろいと思えるのか、
向いているのか。

自分の適性を知る。
キャパシティを超えない。
自分が守るべきもの(健康や家族)を
大事にできているか。

生きる事がヨガなら、余計な貪欲さや
自分を傷つける行為があったら、
まずはそこから抜け出さなければいけない。

そして日々は続きます!
今日は学校で長女の三者面談、来週からは取材。やる事があるって有難いんだな、そこをしっかり、楽しくやりたいな。

そんな原点確認をしながら、
また新しい事、楽しい事、閃きに正直に
日々を全うしようと思います。

読み進めては止まる、ヨーガ・スートラ。
私のいまここ、がある大切な良書。

ではではまた。
thanks for reading.









ケガの功名―目の前に起きたことにはすべて意味がある。

前編の続き。とりあえずケガをした時の心理は以下のようでした。

ステップ①自分の体の状態を無視してしまった結果、痛めてしまった。

ステップ②

なぜかこんなときに、決まりかけていたヨガの仕事も、お友達からのヨガの依頼も

白紙に。 

ステップ③

これって心が体のことを無視して、暴走してしまったからの結果。ケガが暴走を止めてくれたんだ。だったら治そう。休もう。今までの自分を振り返ろう。これからのヨガの在り方を考えよう。

 

友達、ヨガの先生、家族に相談して、気持ちの整理をつけました。

今までの生き方、考え方が、全て今につながっているとつくづく感じました。

 

そんな折、ヨガの取材で、心について学ばせていただく機会がありました。

そのなかでも私が好きなのは、カルマヨーガの考え。

 

カルマヨーガは、簡単にいえば、純粋に行為を行うヨガ。また、よい行為はのちによい結果を残し、悪いことはいつか自分に返ってくる、という教えもあります。

つまり、起きていることは、全て自分が過去に起こしたアクションが原因しているということ。

 

悪いことは自分に返り、よいことも自分に返ります。

無意識(無自覚)だったとしても、意識的に行ったとしても同じこと。

 

私の場合も、きっと早く上達したいと焦っていた気がします。そういう状態に気づいていながらも、できなかった事ができるようになった事が楽しくて、暴走する自分を無視していました。

 

でも、自分を責めるのは、時間がもったいない。これからどうするか考えながら、いつも通りに家族と過ごし、仕事をする。

それが今、ただひとつ自分のできることでした。

 

瞑想や森田尚子先生からもらったヨーガセラピーの練習をコツコツ続け、誰から見ても淡々としたような日々は、私にとってはとても大切だったように思います。

 

そして、1カ月ほど前から、いつも通っているクシャナヨガの通常クラスを再開できるようになりました。一歩前進したかのように思えた、「できるようになったはずの中級レベルのアーサナ」はできなくなりましたが、それでも、いつかできるかもしれない、と楽観的にいます。

今は、ヨガができることそれ自体が、純粋に幸せ。

 

一番なにが言えるかというと、「心の声をちゃんと聞く」って本当に大切!!

 

いい方向に向いているならチャンスを活かさなきゃいけないし、

反対を言うなら、「違和感」「不快感」には、ちゃんと気づかなくてはいけない。

 

ちゃんと自分が反応して、NO! というアクションを起こさなくてはいけない。

 

自分がいかに、自分を観察できていて、そこにちゃんと反応できているか。そしてそうできなっかた自分がいたなら、やり直せばいい。

 

 

カルマヨガの事は、今号のYoginiでもチラリと出てきます。発刊されて読んでみたら、すごーく内容の濃い一冊です。

私が書いた記事も見つかるかしら?

というくらい、お腹一杯の内容です(^O^)。

 

今号、取材をお願いした乳井真介先生の影響で、ヨガ哲学がまた好きになりました。

おススメしてもらった「ヨーガスートラ」を読んでいます。以前よりも理解度が進んでいる。楽しい!

毎日、時間があるときに読み進めています。

 

最近、ヨガの話しばかりなので、そろそろアロマ&ハーブの事もアップします。

 

thanks for  reading.

 

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ケガの功名―というかケガをしていました。

「ヨガでケガしました!」

ヨガをしたり、取材をさせていただくなかで、たまに耳にするお話しではありましたが、

自分がやってしまいました。

 

もう痛めてしまったら、過去のことを振り返っても仕方がないこと。

治す方向へ、これからどうヨガと向き合っていくか、この経験を通して、どう伝えていくか、たくさん考えました。

 

そもそもの始まりは、もともと肩コリがひどく、編集の仕事がピークの時は、かなり痛みを感じていました。もちろん、忙しいというだけでなく、超・集中状態に入ると、超・姿勢が悪い、という自覚はありました。でも「締め切りまでのマックスはこの姿勢なのよ」が20代からのテッパンみたいな、決して褒められたものではないありさまでした。むしろそうでないと、集中できないくらい、“悪い姿勢”が定着していました。

 

そしてある日、左肩に違和感があるものの、ヨガの練習中に「調子が悪いときは絶対に動かしてはいけない、と自分が知っている方向」に関節を動かしました。ゴリゴリ、という変な音。その後、しびれ、痛み、だるさが出てきました。

 

ヨガの先生に相談し、すぐに病院に行くことを決意。まず、ひとつめの病院で、「頸椎4番がせまくなっている」と診断され、炎症止めの注射と痛み止めをもらいました。看護師さんも「こういった症状の患者さん、多いですよ~」とさらりと言われました。

いや、まさかね。すぐ治るよね(心の声)。でも注射でも痛みは全く引きません。痛み止めもほとんど気休めでした。

 

自分で調べるうち、病院で見た自分の首の骨の様子と、同じ症状と言われる方のレントゲンの写真はかなり違うと思いました。セカンドオピニオンを求めて、別の病院へ。

診察室で、整形外科のお医者さまは私の肩甲骨をいろいろな方向へ動かしたり、首の触診をして痛みを確かめたりして「ああ、だいたいわかった」とぼそり。そのままレントゲンで、また首の骨を撮影しました。

 

結果は「おそらく肩回りの筋肉が硬く、下に引っ張られる感覚がある。それが痛みの原因。頸椎ではなさそうですね~」と言われ、そのまま理学療法士さんのケアを受けることになりました。

頸椎の問題ではないと聞いて、本当にホッとしました。

正直、半分、泣いていました

頸椎を痛めると禁止されているヨガのアーサナ(ポーズ)をたくさん思い浮かべていたので、治ったら、あのアーサナが練習できるかもしれない! ヨガもまたできるかも!

 

理学療法士さんのマッサージを受けると、肩や首がずっと楽に。

この当時のことは、あまり記憶がありません。夫に報告し、お医者さんに感謝し、それからセカンドオピニオンの大切さを知りました。それから、自分がなぜケガをしたのか、

その原因や心理的背景もよく分かっていたので、この事も、きっと伝えなくてはいけない、と思いました。

(後半へ続く)。

 

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○苦手だった解剖学を改めて学ぶことに。おかげで、棘上筋、肩甲挙筋、僧帽筋など、肩周りの筋肉を覚えました(涙)。